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2

店に続く暖簾を潜ると開けるのは、明るいいつもの風景。
硝子の間の木格子で出来た引き戸の隙間から漏れる朝の光。人形の陳列する机。棚。そうして、僕の机の隣に置かれた、僕特製の細かな細工をしてある、真ッ赤な漆塗りの椅子に腰掛ける花夜。
ごーん、壁に掛けられた振子時計が僅か間の抜けた様な音を鳴らす。
「さて、今日も店開きだ」
十一時に店開きをし、夕方五時には閉めてしまう。此の日もそうだッた。僕の人形は、いつも作ッた其の日の内に、すぐさま売れてしまう。売上金を持ッて、花夜が材料の調達に行く。其れが僕らの常。
閉店間近に、積もる雪の中夕暮れの蜜に溶ける様に表れたのは、やはり常連の男だッた。すらりと長い身体を揺らして、暖簾を潜る。
「やあ、主人。良い物は入ッたかな」
「さてねえ。貴方の気に入る物が在るかどうか。でも此処は、出逢いの人形屋だからね。貴方が惹かれるものも、在るかも知れ無い」
僕は笑顔でそう言ッた。僕は彼の名を知ら無い。彼は僕の名を知ら無い。知ッているのは、互いの顔と、声。唯、其れだけ。
男は何時も、真ッ黒な衣装を身に纏ッていた。町を歩けばさぞや目立つだろう。僕は初めて遇ッた時そう言ッた。男は笑ッて、いいや、と言う。世も末だと僕が笑ッた。二人はそうやッて知り合ッた。
「君の可愛いお人形は、元気かな」
「嗚呼、相変わらず、美しいよ」
「其れは何より」
男は棚に並ぶ、小さな人形やら、装飾品やら、古ぼけた目玉やらを物色しながら、言う。僕は男の背に語り掛けた。
些か皮肉交じりの笑みを其の端正な顔に浮かべて、男は言ッた。
しんしんと、雪が降ッて居る。
「しかし、君の人形は、本当に良く出来ている。あれは、売値にすれば幾らになるのだろう。引き取り手は、引く手数多では無いのかな?」
「あれは売り物じゃ無いんだよ」
「そうかい」
「あれはね、僕の生きて行く総てなんだ。二度は作れ無い。もう二度と。彼女は生まれ無いのさ」
「君の其れは、束縛なのかな?」
「さあ、どうだろうね? 少なくとも――世の中が言う、愛情とは、大分掛離れて仕舞ッた様には思うけれど」
 僕は笑ッた。そうかも知れないと思ッたからだ。束縛。そうかもしれない。僕は、彼女を縛り付けて居るのかも知れない。
「では、私の依頼も受けてくれるだろうか」
「勿論だとも」
「これを、作ッて頂きたい」
「一週間」
一つの包みを受け取り、僕の言葉はゆッくりと空気を揺らした。男は皮肉を引ッ込め、薄く笑ッた。帰るとしよう、そう言い捨てて、男は硝子戸の奥の闇に消えて行ッた。
2013/10/11(金) 10:10 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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