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3

すッかり暗くなッた店内で、ぼんやりと灯りを保つのはランプの中の蝋燭の光だッた。其の静止した揺らめきを見詰める。閉店後の、がらんとした空虚な店で、僕は一つ深い溜息を零した。そんな静寂を壊す様に、いや、壊すというよりも、静かに踏み込んでくる様に、花夜が暖簾を潜り、儚い霞の様な、消えそうに美しい姿を見せた。
「御主人様。只今戻りました。作業場の準備が整いまして御座います」
「ああ、分かッた。全く、この世は狂ッているよ」
僕は苦笑を浮かべ、花夜に従ッて家の中へと戻ッた。僕は、ふ、と灯篭の明かりを消した。其れに背を向け、暖簾の中に消える。
其処に残ッたのは、唯、沈む、闇だけだッた。
店を抜け、長い廊下を渡り、自室も通り過ぎると、其処には黒塗りの頑丈な扉がある。其の錠前を開けられるのは花夜だけだ。がちゃり、と、大きな重い音がして、南京錠が外れる。中に広がる世界は、日常から遠く離れて仕舞ッていた。
其の部屋は、六畳ほどで作られている。四面、床、作業机に至るまで、防腐や防虫の役割を持つ漆で塗り固められ、闇の中にいる様な感覚を覚える。差し込む明りは、鼻を掠める生臭い匂いを拡散させるため、高い所に開けられた通気口からの光だけだ。
其の中で、人形の骨組みに用いられる、真ッ白な材料だけが異質だッた。僕の人形は、其の部位によッて非常に細かく材料が分けられている。くすまぬ様、折れぬ様、非常に注意深く磨き上げられた其れを、種類別に分類するのは、昔から花夜の仕事だッた。
扉の前で控えていた花夜が、一礼をして外へ出る。僕は、例え人形の花夜と云えど、仕事を見せる事は無い。花夜は、話す事が出来る。其れはつまり、漏洩の危険があるという事だ。僕の人形は、緻密で、精巧な、特別な技術を持ッて作られている。其れは、より「本物」に近付けるため、僕が独自に編み出した技だ。
僕は、生きとし生けるものを信じ無い。あの日から、僕は人を信じる事を止めた。信じれば裏切られる。得ようと思うから、苦しくなるのだ。だから、僕は、其の一切を止めた。花夜は、僕の人形は、僕しか見無い。其れは、至上の幸福。人間なんて、下卑た生き物は、もう要ら無い。
僕はそッと、白に手を伸ばす。其れは、硬く、脆い。そして、美しい。
僕は一つ息を吐くと、ゆッくりと其の材料たちを、組み上げ始める。
2013/10/10(木) 10:21 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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