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5

『ねえ、篠。アタシ、貴方を愛しているわ』
そう言ッて笑ッた君は、僕を置いて居なくなッてしまッた。
また、次の朝が来る。僕は未だ夜の明けきら無い頃合い、目を覚まして、空を見上げた。厭な夢だッた。
降り続いている雪が、ゆッくりと、しかし確実に、世界を白に染め上げている。僕は、明け方の空の紫を映し出す雪面が見たくなり、羽織を着て外へ向かッた。花夜は、時間で動く様に設定しているので、今は自室に居る筈だ。僕は彼女の部屋の前を通り過ぎ裏口から外へ出た。
案の定、降り積もッた雪は随分な物になッていて、足が雪にめり込んで、じん、と冷たさが沁み込む。夜明けの紫が、白を包み込む様に立ち込めていた。奇麗だ、そう思ッた、
「花夜……」
僕は、無意識に「彼女」の名前を呼んでいた。花が咲く様な笑顔が、まだ瞼の裏に焼き付いている。真珠の様に零れる涙を、僕はまだ覚えている。僕の脳に、まだしッかりと「彼女」は存在している。
ひゅう、と、冷たい風が吹いた。靡いて視界を遮る髪を押さえながら、不意に向けた視線の先に、居る筈の無い女が立ッていた。
漆黒の着物。風に散る、闇夜の黒髪。空をただ空虚に見詰める、吸い込まれそうな瞳。花夜だ。起動時間では無い筈なのに、どうして。
僕は、頭の中で沸き起こる衝動を堪える事が出来なかッた。
冷たい雪が、足や着物の中に入ッてくる事など、気にもならなかッた。僕は駈け出した。花夜の元へ。
「花夜!」
叫んだ声が、空を切り裂く。花夜は、驚いた様に僕の方を見詰めた。
「御主人様、何故こんな所に。体が冷えて仕舞うではありませんか」
「壊れて仕舞ッたのか? こんな時間に外出するなんて」
僕は花夜を強く抱き締めた。花夜は人形だ。大切に扱わなければ壊れて仕舞う。だけれど、僕は止める事が出来なかッた。
「花夜、僕の花夜、何処にも行か無いでおくれ、僕の傍にずッと」
「御主人様」
「僕を嫌いになる花夜なんて要ら無い、僕を捨てる花夜なんて要ら無い、死んで仕舞う本物なんて要ら無い、だから君を作ッたんだよ」
僕の声は、もういッそ涙声であッた。
この人形は、僕の恋人だッた、芸者の花夜を手本に作ッた物だッた。
彼女は何時だッて、僕の事を暖めてくれた。無償の愛を注いでくれた。身請けをして、一緒に住み始め、僕の仕事を手伝ッてくれる様になッて、いずれ、そう、近い内にでも、婚儀を挙げる筈だッた。
なのに、彼女は僕を裏切ッた。
小さないざこざが続き、遂に僕の仕事の事で酷く言い合いになッた其の日の夜、彼女は出て行ッた。僕は其の後、高台から足を踏み外し、大分の距離を落下した。何日か経ッた後の事だッたが、実の所、記憶は曖昧になッて仕舞ッている。頭を強く打ち付け、生死の境を一週間ほど彷徨い、一命は取り留めたものの、僕が目覚めた時には、「彼女」は死んで仕舞ッていた。
僕の事を憎んだまま、僕の知ら無い所で、彼女は失われてしまッた。僕の花夜は失われてしまッた。しかし、僕には、人形があッた。
花夜の骨で作ッた人形。
死んだ花夜の骨を使い、骨組みを作ッて、其の物と同じ様に精巧に作り上げた其れ。
僕の編み出した技術は、死んだ人間の骨を使ッて、生きていた形其のままにヒトガタを作り上げるものだッた。もともと、人間を構成しているのは骨だ。其れを土台にすれば、原型に近いものが出来上がるのは当然の事。勿論、骨だけでは完成しない。厳選した別の材料も織り交ぜ、作り上げる。
人間の骨は、硬い。死んだ直後、体を「解体」し、余分な肉を削ぎ落とし、匂いも無くなる様に細部まで血肉を流し切る。そうすると、真ッ白で美しい、人間の「本質」が見えてくるのだ。手に滑らかで、歪みが無い。僕が其れに気付いたのは、自分の両親が死んだ時だッた。
そう、そして、僕は花夜を、解体した。其の時の事はよく覚えていないが、其れは酷く重大な作業であッた様に思える。
花夜は、僕が目覚めた時に傍に居た。僕は言ッた。
「君は僕の最高傑作だ。花夜。僕の人形。」
花夜は少しの沈黙の後、表情を変える事なく言ッた。
「はい、御主人様」
僕は花夜を愛した。人形である花夜を。生きていた時よりもずッと。
従順で、可愛い花夜。僕を嫌う事も、僕から逃げ出す事も、僕を厭う事も無い。老いる事も無い。醜くなる事も無い。
死んで仕舞う事も、無い。
狂おしい程の僕の愛を、一身に受け続ける花夜。愛おしかッた。これ以上何も要らなかッた。
僕を愛し返してくれない花夜。僕を抱き締めてくれない花夜。笑わない花夜。僕は其れでもよかッた。離れないのならば、僕の傍にいてくれるのならば、僕は僕の心を騙し続ける事なんて、訳も無い事だッた。
其れよりも。花夜が壊れて仕舞うなんて有り得無い。
「花夜、君は僕の人形だ」
「はい、御主人様」
「笑わなくて良い。誰にも微笑まないならば。愛さなくて良い、誰も愛さ無いなら其れで良い。抱き締めてくれなくても良い、抱き締める相手が他に出来無いならば其れで良い」
「はい、御主人様」
「だから花夜。僕の傍にいてくれ」
「仰せのままに、御主人様」
僕の頬に、一筋雨が降ッた。
凍り付いて仕舞いそうな程寒い中で、其れは厭に暖かかッた。
2013/10/08(火) 10:23 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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