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6

寝床について、冷えた足を、温めた手拭いで包んでやりながら、私は愛しい男の寝顔を見詰めた。
灰色に燻んで仕舞ッた髪を、そッと撫でる。指と指の間から、さらりさらりと零れていッた。彼の正気と同じ様に。
彼は、間違い無く私を愛してくれていた。芸もそれほど達者でもなく、身形もそれなりの私を、いッそ、溺愛と言ッて良い程愛してくれていた。彼の愛は屈折していた。私は、それでも嬉しかッた。こんなはしたない、汚い女を、これ程迄に愛してくれる彼の存在は、私の支えだッた。
しかし、彼の愛は、日を追う毎に狂ッて行ッた。
彼の両親が、病に伏せッて亡くなッた時、彼の眼は両親の死では無く、その朽ち行く体に向かッて居た。
彼は、御両親「だッた」体を持ッて、作業場に消えて行ッた。
丸一日後、私は恐る恐る彼の作業場を覗いた。
噎せ返る様な血の匂い。削ぎ落とされた肉が散らばッて斑になッた床。ざく、ざく、という、厭に耳に付く、切り刻む音。
白い手を深紅に染めて、彼は私を振り返ッて笑ッた。
「花夜。僕は見付けた。これは、大発見だよ」
 彼の手には、血塗れの骨があッた。
 其れはもう、人では無かッた。それは、ただの、物質だッた。
 彼は人間の骨に取り憑かれてしまッた。罪人が殺されるのを知ると、彼は迷わず私に遺体の引き取りに行かせた。飛び交う蝿、汚物の匂い。そして何より、死臭が厭だッた。私まで気が狂ッて仕舞う気がした。私は解体された人間「だッた」ものから、一つ一つ骨を抜いて行く。傷付け無い様にゆッくりと細心の注意を払いながら。血や、肉片が付いていない様に真ッ白に磨き上げる。私の手は薄汚い赤に染まッて行ッた。
 私が何故、そんな事を文句一つ言わずに続けて居たのか。その答えは実に明快だ。
 私も彼を愛して居たからだ。其れはきッと、狂気の程に。
 彼の頭が徐々に病に浸食されて行ッたのは、其れから幾許もしない頃だッた。きッと、人の死に介入しすぎて仕舞ッたからだ。彼は盲念に取憑かれる様に成ッて行ッた。私の愛を偽物だと決め付け、私に辛く当たる様になッた。私は全く以ッて、彼一人を愛して居たというのに。
 そうして、私が何時もの通り「材料」を回収に行ッて居た時、彼は本当に狂ッて仕舞ッた。家の近くにあッた高台から、身を投げた。その原因は、私には良く分からない。店に戻ッてきたら、其処には誰も居ず、近くに住む御客様から其れを聞いたのだから。走ッて行ッて、其の侭、と、知らされた。
 彼を見付けてから一週間程、私は傍を離れなかッた。そうして眼を開けた彼は、言ッた。
「君は僕の最高傑作だ。花夜。僕の人形。」
 何て素敵な言葉だろうと、私は痺れる頭で考えた。そうして、私は、其れからずッと、人形を演じ続けて居る。手に入れた睡眠薬を彼の食事に混ぜ、夜は起きない様にして、私は夜だけ人間になる。食事をし、風呂に入り、清潔を保つ。今日は薬が少なかッた様だ。
彼は私が人形である事を信じて疑わない。出来もしない技術が使われて居ると思い込んで居る。自分が何時「私」を作ッたのかも良く覚えて居ないと言う。狂気の沙汰だ。
私は生きている、しかし死んでいる。
私は彼を、そして自分を、嘘で塗り固め騙し続けて生きて行くだろう。
彼は私を愛して止まない。
私が居なくては生きて行けない。
何て、愛おしい。
私は、眠ッてしまッた彼の顔をそッと撫でる。長い睫、白磁器の様な肌。霞んだ空の様な灰色の髪。総て私の愛おしい物だ。
 もしも私が、彼の「糸」に縛り付けられていると云うのなら。私もまた、自分の「意図」で、彼に縛られているのだ。
 そして、同じ様に彼もまた、私に縛られて居る。見えない透明な操り糸で、四肢を、頭を、そして心臓を。彼の命は、私が縛っているのだ。
 嘘を吐き続けるのが苦しい訳では無い。私自身を愛してくれなくても、それでもいいのだ。私だけを見てくれるのなら。私しか、彼には居ないと思えるのなら。私という存在が、彼の中で消えて仕舞ッているとしても。
 篠の髪をそッと掬い上げて、さらりと静かに落とす。灰色の髪が、純白の布団に舞ッた。奇麗だ。泣きたくなる程。
 私は笑った。

「愛して居るわ、私の御人形さん」

2013/10/07(月) 10:23 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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